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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)348号 判決 1982年10月28日

控訴人(附帯被控訴人) 阪奈信用金庫

右代表者代表理事 中川熊蔵

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

同 古田子

同 村上充昭

被控訴人(附帯控訴人) 肥嶋慧司

右訴訟代理人弁護士 川見公直

同 浜田行正

同 樽谷進

同 服部美知子

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも(附帯控訴費用を含む)被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

《省略》

理由

一  控訴人が信用金庫法に基づく信用金庫である東信と枚岡信用金庫が昭和五四年一一月一日に合併して設立されたものであることは、当事者間に争いがない。

二  本件各手形の実質的振出人及び保証契約について判断するに先立ち、右手形の振出及び保証の経緯について検討する。

東信は、ひおか建設とその代表者日岡実の個人企業当時から信用金庫取引をしていたが、ひおか建設は、同四九年二月ころ、取引先の倒産が原因となってその業績が悪化したこと、ひおか建設再建のため同社の大口債権者を株主とする株式会社東興が設立されたこと、東信がひおか建設再建の資金に充てるためその債権者に対していわゆる迂回融資をしたこと、翌五〇年三月に小野浩明がひおか建設の債権者委員長となり、同五一年一月にはひおか建設再建策の一環として、産業廃棄物の処理を目的とする環境浄化が設立され、小野浩明がその代表取締役となったこと、東信がひおか建設に対し、出納見合又は当座過振の方法による実質的融資をし、その額が増大していったことは、いずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

1  東信は、昭和二八年ひおか建設の代表者日岡実の個人企業ひおか工務店時代から信用金庫取引をし、同三五年六月ひおか建設の設立後も同社と取引を継続した。ひおか建設は、同三九年ころから業績が悪化したので、同四〇年いわゆる管理債権として東信本部に移管して取引を継続し、同四五年からは追加融資を打切った。その後業績が若干好転したので、融資を再開したところ、同四九年二月大口取引先の倒産により多額の不渡手形を背負い込んだことから一気に経営が行き詰まるに至った。

そこでひおか建設の大口債権者一〇数社が株式会社東興を設立して、ひおか建設の必要とする建築資材の仕入確保等をはかるとともに資金援助をし、東信もこれら大口債権者を通じて迂回融資をしたが、同五〇年二月下旬内整理のやむなきに至った。その当時東信のひおか建設に対する直接融資残額は約二億五〇〇〇万円、迂回融資額約三億五〇〇〇万円であった。

2  東信は、地元債権者の要望もあり、また、ひおか建設が倒産すると、約一二〇社に及ぶ地元下請業者など関連業者の連鎖倒産が懸念され、これにより東信自身も多大の不良債権を抱え込まなければならなくなること及び同社との従来の取引関係などを考慮して同社に対する資金援助をしてきたのであるが、同年二月末決済すべきひおか建設振出の手形について当座勘定の資金の不足している分については、正規の追加融資ができなかったので、いわゆる出納見合等の方法で処理した。即ち、本部融資部長脇弘一、本店営業部長赤田東一郎は、ひおか建設振出、引受の手形、小切手を不渡とせず、出納において現金とみなして処理し(出納見合)、あるいは他店券過振の方法により処理した。

それ以後もひおか建設の債権者委員長小野浩明らがひおか建設の手形の割引を金融業者に依頼して手形決済資金の調達をはかり、その不足分については、脇弘一、赤田東一郎が前同様出納見合及び過振をくり返えして不渡を回避した。このように手形決済資金調達のため振出す手形が多くなるにつれ、また必要な決済資金も多くなり、当然出納見合等の額も増加した。なお、ひおか建設の手形用紙は、同社の債権者の代表者が保管していたが、同五一年一月ころから右代表者の要望により脇弘一が保管してひおか建設から要求の都度、申出枚数を交付していた。

3  同五〇年九月ころ、右出納見合及び当座過振の事実は、東信の理事らの知るところとなり、東信は、同年一二月小野浩明が代表取締役をしている福徳企業株式会社に対して二億二〇〇〇万円を融資して(同五一年三月、環境浄化に対する貸付に切替えられた。)右出納見合及び当座過振をいったんは解消させたが、前記福徳企業株式会社が倒産したので、小野浩明は、これに代るものとして同五一年一月三一日、産業廃棄物の処理を営業目的とする環境浄化を設立して、自ら代表取締役となり、ひおか建設の債務を引受け、その事業収益をもって債務返済しようと計画した。しかしながら、環境浄化は、大阪府知事及び東大阪市長の営業認可を得ないかぎり起業することができないので、小野浩明は、認可を得られるよう種々努力するとともに工場敷地の取得につとめた。同年三月五日付で本部融資部長に常務理事川村貞雄が就任し、脇弘一が融資部次長に降格されてからも、ひおか建設に対する出納見合及び過振は、脇弘一及び赤田東一郎によって継続して行なわれ、同年一〇月一三日からの近畿財務局の検査の結果、右同日現在の東信のひおか建設に対する出納見合及び当座過振は二億六〇五〇万円(なお、このほか、財務局から指摘を受けなかったが、他店券過振二三五〇万円があった。)に達したことが判明した。

同年一一月ころより、近畿財務局に対する配慮からひおか建設の手形割引に代えて環境浄化の手形の割引により手形決済資金を調達することになり、順次環境浄化の手形に書替え又は借替えていった。同年九月ころから環境浄化の代表者印等及び手形用紙(それまでは手形取引がなかったので、東信より交付されていなかった。)を脇弘一が保管し、手形振出の都度必要枚数を環境浄化に交付した。即ち、環境浄化の職員が東信本部に赴いて手形用紙の交付を受け、脇弘一が保管している代表者印等を押印して手形を作成するのであるが、後には脇弘一が環境浄化の手形を作成して交付することもあった。本件(1)ないし(13)手形の一部には脇弘一が作成、交付したものも存する。なお、右のように脇弘一が環境浄化の手形を作成することについては、小野浩明は、事前あるいは事後において右事実を認めていた。

4  東信は、近畿財務局から前記出納見合等の解消を勧告されたので、それに対応する措置として、同年一二月七日付をもって赤田東一郎及び脇弘一を本部調査役室調査役に降格し、ひおか建設及び環境浄化に対する貸付債権の回収、両会社の実態を掌握するための調査及び手形、小切手の乱発防止のための管理に専従することを命ずるとともに、理事杉本佐倉雄を本店営業部長に任命し、理事川村貞雄とともに両会社の手形用紙を保管して手形振出状況を理事自ら把握する態勢をとることにした。その後手形振出の実情に対応させるため、手形用紙は脇弘一に保管させ、両理事は管理手形交付簿及び資金繰表により手形振出の状況を把握する態勢に改めた。

東信は、前記出納見合等二億六〇〇〇万円はひおか建設に対する貸付に振替え、その後発生した他店券過振等九〇七〇万円は、小野浩明が同年一一月三〇日までに解消し、東信は、九〇〇〇万円の限度で他店券過振による一時貸越を認めることを決定して、もって出納見合及び当座過振を解消することとしたが、前記貸付への振替えが実行されたにとどまり結局、川村貞雄及び杉本佐倉雄も直ちにひおか建設及び環境浄化の手形を不渡にすれば、東信の両会社に対する不良債権が一挙に表面化し、理事の責任問題にまで波及することをおそれ、それを回避するためには、従来同様出納見合及び当座過振の方法によって手形、小切手の不渡を防ぎ、環境浄化の事業が軌道に乗るのを待つ以外に途がないと考え、脇弘一に出納見合及び当座過振を続けさせた。なお、前叙のとおり、手形決済資金調達の方法の一として、環境浄化の手形の割引を被控訴人ら金融業者に依頼したのであるが、脇弘一も右資金調達に積極的に協力し、ときには主導的に行動した。このような状態は、東信理事会の方針の変更により同五二年六月二五日の期日の手形について出納見合又は当座過振の方法がとられず、それが不渡になるまで続けられた。右不渡時のひおか建設、環境浄化の実質的債務は、出納見合残三億三〇〇〇万円、出納見合を貸付に切替えた額一一億〇六〇〇万円及び福徳企業株式会社の貸出一億五六七〇万円、小計一五億九二七〇万円のほか、金融業者からの借入金約九億七九二〇万円、合計約二五億七一九〇万円に達する。なお、ひおか建設及び環境浄化の手形は、前記不渡までは、すべて決済され、一通の不渡もなかった。

5  小野木正哉は、同五〇年四月ころから旧知の間柄で金銭の融通したこともある小野浩明の依頼でひおか建設の手形をいずれも無担保で割引くようになり、同年暮には割引残高が一億円余になった。当時小野木正哉は、貸金業の届出をしておらず、手持資金を知人に限って融通していた。その後もひおか建設の手形を割引いていたところ、翌五一年三月ころから、小野木正哉は、病気のため入院を繰り返えすようになり、同人の妻の妹婿にあたる被控訴人が営業を引継ぎ、貸付、取立を担当することが多くなったが、貸付資金は各自調達し、割引枠の拡大、債権確保の手段等重要な事柄は両人が協議して決定し、拠出額に応じて利益を分配した。なお、同年九月被控訴人名義(屋号は日桐商事)で貸金業の届出をした。

同年九月ころ、被控訴人及び小野木正哉は、割引金額が増大してきたのと同業者の割引いた手形については、東信本店営業部長赤田東一郎名義の手形保証があることを知ったことから、同様に手形保証を求めたところ、脇弘一は、「保証」の文言に抵抗を感じ、手形保証はできないが、割引を求める手形については東信が責任をもつことを確約し、新規の手形もしくは書替、借替手形について一通又は数通分をまとめて支払日には必ず決済することを確約した確約書と題する書面を数回にわたって交付した。なお、右確約書の交付後においても割引率は従前と変らなかった。右確約書は、いずれも被控訴人あてで、東信本部融資部次長又は調査役室の肩書を付した脇弘一の記名押印があるほか、小野浩明の記名押印があり、ときには本店営業部長赤田東一郎の記名押印、同人の営業部長交替後は同部長杉本佐倉雄の記名押印がなされていた。

三  本件(1)ないし(13)手形の手形権利者

《証拠省略》によれば、本件(1)ないし(3)、(5)ないし(11)手形は、いずれも被控訴人が受取人として記載され、また、本件(4)、(12)、(13)手形は、いずれも受取人から白地裏書され、被控訴人が本件(1)ないし(13)手形につき隠れた取立委任裏書をしたが、不渡となり、現に所持していることが認められるから、反証のない限り正当な手形権利者と推定されるというべきである。

控訴人は、本件(1)ないし(13)手形を割引いて手形上の権利を取得したのは小野木正哉であって、被控訴人は、小野木正哉の貸金業を手伝っていたにすぎないと主張する。前記二の5認定の事実関係によれば、小野浩明の依頼により当初のころ、ひおか建設の手形を割引いたのは小野木正哉であり(同五〇年末の割引残高は一億円に達した。)、同人が病気入院により同五一年三月ころから被控訴人がひおか建設(後には環境浄化)の手形の割引を担当するようになった後も、小野木も割引資金を調達し、割引に関する重要事項の決定に加わり、利益は資金拠出額に応じて分配しているのであるが、これらの事実は、被控訴人と小野木正哉間の内部関係にすぎないとも考えられ、同年九月ころ、小野木正哉も被控訴人とともに脇弘一に対し手形保証を要求し、その結果確約書が発行されるに至った事実を併せ考えても、いまだもって本件(1)ないし(13)手形を割引いたのは小野木正哉であって、被控訴人は、単に名義を貸したにすぎないと考えるのは、困難である。控訴人は、さらに同年九月の被控訴人名義の貸金業の届出も小野木正哉が被控訴人の名義を借りて右届出をしたと主張し、《証拠省略》には、貸金業の届出を被控訴人の名前でして貰い、貸付資金は殆ど自分が調達したが、表面上の名義は被控訴人にして商売をしてきた旨の小野木正哉の供述記載があるが、小野木正哉が病気で余まり活動できないとしても、貸金業の届出を自己名義でできない特別の事由は認められないのみならず、原審における証人小野木正哉の、日桐商事は被控訴人が専任でやり、自分は、その女房役としてやるということで始めた旨の証言と対比するときは、前記供述記載は容易に措信し難く、他に前記推定を覆えすに足る的確な証拠は見出せない。結局反証は存しないことに帰する。

四  手形の振出人としての責任について

1  本件(1)ないし(13)手形の振出人

被控訴人は、本件(1)ないし(13)手形の振出人名義はいずれも「環境浄化開発株式会社」となっているが、同社は、事業活動を行っていない実体のない会社であり、環境浄化名義の手形は東信の管理の下で、その計算においてなされたのであるから、東信は、右各手形を振出すにつき同会社の名称を使用したにすぎないと主張する。

他人の名称を使用して手形を振出した手形行為者に手形上の責任を認めるためには、手形行為者が自己を表示する名称として他人の名称を使用したことを要するというべきであって、かゝる場合には、その名称を用いた手形署名は右手形行為者自身の署名とみるべきであるからである(最高裁判所昭和四三年一二月一二日第一小法廷判決、民集二二巻一三号二九六三頁参照)。従って、手形行為者は、右手形を自己のためにする目的をもって振出しているのであって、当該他人のために振出した場合には、記名押印の代行、無権代理もしくは手形の偽造にすぎない。ところで、前に二の2ないし4において認定したとおり、脇弘一がひおか建設及び環境浄化の印鑑及び手形用紙を保管し、一時は東信の理事も環境浄化の手形用紙を保管したことがあり、ひおか建設らからの申出の都度必要枚数を交付しており、後には脇弘一が自ら環境浄化の手形を作成、交付しているのであるが、印鑑及び手形用紙を保管し、申出枚数より交付しないことが直ちに自ら手形を振出したといゝえないことは明らかであるが、脇弘一の環境浄化の手形の作成、交付が東信の振出行為に当るとしても(脇弘一の手形振出の権限の有無については暫くおく。)、前認定のとおり、これら手形は、いずれも環境浄化の手形決済資金調達のために振出されたものであって、東信のためにする目的をもって振出されたものではないから、これをもって東信を表示する名称として環境浄化の名称を使用したものということはできない。

よって東信に本件(1)ないし(13)手形につき振出人として責任があるということはできない。

2  法人格の否認

環境浄化設立の経緯、目的、監督官庁の許可をまって開業すべく準備をしていること、ひおか建設の債務を引受け、その収益をもって債務整理に当る計画であり、手形割引により決済資金を調達していたこと、東信の理事も環境浄化の事業が軌道に乗ることが唯一の解決策であるとして期待していたことは、前に二の3、4に認定したとおりであって、環境浄化が全く形骸にすぎないとか、法律の適用を回避するために濫用されたと認めるに足る証拠はないから、法人格の否認についての被控訴人の主張は採用に値しない。

3  むすび

してみれば、東信に本件(1)ないし(13)手形の振出人として責任があるとする被控訴人の主張は理由がない。

五  手形金の支払保証について

被控訴人は、脇弘一らが同五二年三月一〇日から三回にわたり本件(1)ないし(13)手形もしくはその書替前の手形について東信において決済する旨を確約し、もって東信が各手形金の支払を保証したと主張する。脇弘一が同五一年九月ころ、被控訴人及び小野木正哉から割引く手形について手形保証を求められたところ、それに代えて、必ず決済することを確約した確約書と題する書面を数回にわたって交付したこと及び同書面の作成名義については、すでに二の5において認定したとおりであるが、《証拠省略》によれば、これら確約書にはいずれも作成人として東信調査役室脇弘一、東信本店営業部長杉本佐倉雄の各記名印及び認印、職印が押され、さらに《証拠省略》の確約書には小野浩明の記名印及び認印が押されていること、被控訴人主張の各手形の支払を確約する旨の記載があることが認められるが、《証拠省略》によれば、右東信本店営業部長杉本佐倉雄の記名印及び職印は、脇弘一らが偽造したものであって、脇弘一が右偽造の記名印及び職印を使用して、前記各確約書の杉本佐倉雄作成部分を偽造したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、右各確約書に記載された各手形がすべて本件(1)ないし(13)手形又はその書替前の手形にあたるか否かの判断は暫くおき、脇弘一の保証権限の有無について検討する。

1  まず信用金庫を含む金融機関のなす債務保証(支払承諾)について概観する。《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  その保証の態様としては、(ア) 政府、公団等の代金延納のための手形に対する保証、(イ) 税金延納又は猶予のための保証、(ウ) 一般商取引における一定限度の保証、(エ) 金融機関からの借入についての保証等があるとされている。普通支払承諾がなされるのは、取引先が第三者から金融機関よりも安い有利な条件で金策できる場合であり、従って、勢いその融資する第三者は低利、有利な条件で融資可能な金融機関や商社などとなり、個人が高金利で融資するような取引に正規の保証が行われる余地はありえないことになる。

(二)  信用金庫は、信用金庫法第五三条に規定する附随する業務として、債務保証をその業務とするものであるが、債務保証することが非常に稀で、日常発生するものでなく、そのため通常の業務のように支配人である支店長に保証の権限を与える必要もなく、また、悪用される危険を防止するため、同三五年五月三〇日全国信用金庫協会では、保証は、代表理事である理事長だけが行うとの申合せが行なわれている。

(三)  従って、東信における支払承諾の手続は、支払承諾の依頼を本店営業部で受付け、融資部に貸付禀議を提出し、理事会の議を経て理事長が決裁して本店営業部がこれを実行する。なお、支払承諾については、担保及び保証料を徴求する。

2  被控訴人は、東信は調査役室調査役脇弘一、同赤田東一郎にひおか建設及び環境浄化に関連する貸付債権の管理等一切の処理を委せ、その一環として手形保証の権限を与えたと主張する。前記二の4に認定したとおり、脇弘一及び赤田東一郎は、調査役室調査役として前記両会社に対する貸付債権の管理業務、即ち、貸付債権の回収、両会社の実態把握のための調査等に専従することを命ぜられたのであって、その権限は、営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた商業使用人(商法第四三条)のそれに準じて考えるのが相当である。そうであるとするならば、脇弘一らは、上記貸付債権の回収事務に関する限り、一切の裁判外の行為をする権限を有することになるのであるが、ひおか建設あるいは環境浄化の手形の決済資金の調達や支払猶予を求めることに協力することは、債権回収事務に付随するものと考えうるとしても、右決済資金の借入れについて保証することまでは右債権回収に関する行為に含まれると解することはできない。けだし、右決済資金の借入れについて保証することは新たに債権を増加することになっても、回収することにはならず、まして、本件のような金融業者から超高金利の資金調達について保証することは、まさに債権回収に逆行するものであって、合理的に考えたとき、到底それが債権回収の本旨に適合するものとはいゝえないからである。そして、他に東信が脇弘一及び赤田東一郎に対し、包括的にはもとより、個別的にも本件(1)ないし(13)手形又はその書替え前の手形について割引を受けるにつき保証する権限を授与したものと認めるに足る証拠はない。かえって、《証拠省略》によれば、脇弘一らは、調査役室調査役として貸付、信用供与の権限は与えられていなかったことが認められる。従って被控訴人の前記主張は理由がない。被控訴人は、さらに、東信が脇弘一の無権代理行為を追認したとも主張する。《証拠省略》中には、脇弘一が被控訴人に対し保証の意味をもった念書を差入れていることを東信の理事に報告した旨の証言及び証言記載があるが、これらは、《証拠省略》と対比して容易に措信し難いのみならず、単に報告しただけでは黙示にしろ追認されたものとは解することはできず、また、前叙のとおり信用金庫において保証権限を有するのは理事長のみであるから、理事が追認することはできないというべきであり、他に前記被控訴人の主張を認めるに足る的確な証拠はない。

以上のとおり、脇弘一及び赤田東一郎は保証権限を有しないのであるから、右保証権限を前提とする被控訴人の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

六  表見代理について

まず被控訴人が脇弘一に保証権限ありと信ずるにつき正当事由が存していたか、否かについて判断する。

1  金融機関の日常の業務内容が画一化されており、信用供与のうちでも債務保証は特に業務内容、対象等が厳格に規制されており、個人間の高金利の貸借につき保証することはありえないこと、信用金庫の保証業務はさらに限定されていることは、前に五において認定したとおりであり、これら事実及び信用供与の実行は、本店営業部長を含む支配人たる支店長の権限であることの大要は、金融取引をする者には広く知られていることである。ことに被控訴人ら金融業者にとっては当然知っていることか、少なくとも少しく調査すれば、容易に知り得ることである。従って東信の調査役室調査役脇弘一は、特別の授権のない限り、債務保証の権限を有しないことは、被控訴人の容易に知りうるところである。この点について被控訴人は、脇弘一らは調査役としてひおか建設及び環境浄化問題に関する一切の処理権限を与えられていたから、保証権限も含まれていると信じていたとか、環境浄化の手形を割引くことが東信の正常な業務の手助行為である以上、保証についても正常な業務と信ずるに過失がないとか主張する。決済資金調達のための手形割引依頼に協力することと、その手形金債務につき保証することとは行為の性質を全然異にし、保証することにより東信が新たに債務を負担することになり、債権回収という調査役の職務権限に逆行するものであることは、前に五の2において説示したとおりであり、被控訴人も容易に知りうるところである。その他被控訴人の主張するところはいずれも正当事由と認めるに足りない。

2  被控訴人らは、脇弘一に対し東信の手形保証を求めたが断わられ、結局確約書の交付を受けたのであるが、《証拠省略》によれば、本件各確約書は、いずれも東信の専用箋が用いられず、市販の横罫紙に手書きで記載され、表示の手形の決済を確約する旨の文言の記載はあるものの、東信が手形金につき保証する旨の明確な表現はなされておらず、金融機関の保証書としては例をみない個人と連署の共同保証(普通保証か連帯保証かの区別も明確でない。)の形式をとり、脇弘一の記名の右にはいわゆる三文判の認印が押捺されている(通常調査役は、東信を代表、代理して外部に文書を出す地位でないことを物語っている。)等本件各確約書は、その体裁、記載ともに東信の正規の保証書とはみられず、一見してその異常さに気付きうる筈である。

3  被控訴人は、確約書の交付を受けるに際して、東信の理事長や理事に保証の意思を確認するとか、調査役室調査役の権限の有無、範囲を確認するとかをしなかったことは、《証拠省略》により認められ、右認定に反する証拠はない。

4  右1ないし3に認定した事実、二において認定した本件各手形の振出及び確約書を交付するに至った経緯に弁論の全趣旨を併せ考えると、小野木正哉及びそれを引継いだ被控訴人は、当初無担保でひおか建設の手形の割引に応じていたが、中途から手形保証を要求したものの、脇弘一が承知せず、結局確約書の交付を受けて手形の割引を続けてきたのであるが、被控訴人らは、脇弘一らがひおか建設の不渡倒産を回避したいとの理事長らの意向をそんたくして、出納見合という違法な手段を使ってまでも不渡の回避をはかり、また手形決済資金の調達にも協力しており、後には東信の理事達も不渡回避のためには出納見合もやむを得ない措置と考えてこれを継続させているのを見て、東信は今後とも環境浄化の手形を決して不渡にすることはありえないと判断して、被控訴人は、右判断に基いて高金利による利益を獲得すべく、手形の割引を続けたものと認められる。そして、前に二の5において認定したとおり、被控訴人は、確約書の交付後も割引率を下げず、従前どおりの超高金利を徴していたこと(手形の割引利率は、決済の確実性―信用、担保の有無等―に比例して定められるのが通例である。)確約書は、手形割引の都度交付を受けることなく、数通分まとめて交付されたのであって、これら事実関係によれば、被控訴人は、確約書による保証の効力には大して重きをおいていなかったことがうかがえるのであって、簡単になしうるにかゝわらず、脇弘一の保証権限の有無につき東信の理事らに問い合せすらしなかったことを併せ考えると、当初から脇弘一が保証権限を有していなかったことを知っていたのではないかとの疑惑をさえ抱かせるものである。

以上の次第であるから、少くとも金融業者である被控訴人が調査役室調査役脇弘一に保証権限があると考え、また、容易になしえた東信の理事長あるいは理事に本件保証の意思確認を怠った点に重大な過失があり、被控訴人に表見代理の要件としての正当事由が備っていたとは到底認めることができない。

よってその余の点につき判断するまでもなく、民法第一一〇条の表見代理の主張は理由がない。

七  以上のとおり、東信には、本件(1)ないし(13)手形の振出責任及び各手形金の保証責任がないことに帰するから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

八  使用者責任について

当裁判所も、被用者の職務権限内において適法に行われたものでない行為について、被害者が悪意であるときはもちろん、さらに少くとも重過失により善意であるときには、控訴人の引用する最高裁判所判決(昭和四二年一一月二日第一小法廷判決)と同一の見解をとり、民法第七一五条の使用者責任は生じないと判断するものであるが、被控訴人は、脇弘一の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでないことを重大な過失によって知らない場合に該当することは、前叙のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人の主張は理由がないものといわねばならない。

九  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきである。

よって、右と判断を異にする限度において原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、これを認容し、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとして、民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林定人 裁判官 惣脇春雄 山本博文)

<以下省略>

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